水がめ座ダイアリー

遠くを思うことについて  2018.06.26


今日、twitterで知らない人が「今夜の夕飯は海老シュウマイとタコとわかめの酢の物」って呟いていて、無性に「タコとわかめの酢の物」が食べたくなった。一人暮らしではそんなに作ることがない副菜だから、そして出来合いの酢の物は甘すぎてあまり好きではないので、随分長いこと食べていなかった。


ひとりじゃ持て余しちゃうんだよな、と思った後で、そうか実家に帰ればいいのだと思いついて、唐突に夕食は実家で鯵フライ、なんと海老シュウマイ(を揚げたやつ)、いんげんの和え物、それから私の酢の物。


実家のソファーでくつろぐうち仕事から帰ってきた母に、思い付きで母の故郷をGoogle earthで見せてみた。下甑島という小さな離島の出身で、数年前に祖父の十三回忌が終わって以来もう随分長いこと帰っていないから、懐かしいかなと思って。


母はもう、自分の実家の番地も、電話番号すらとうに忘れて、写真を見せてもぴんとこないようだった。それでも海岸沿いの家の、階段を上がりきった防波堤からの海を嬉しそうに見て、iPhoneの小さな画面をすごいすごいと手に取って、少しだけ島の言葉を口にした。家の場所がおぼつかないから、「手打湾の、確かこの辺り…近くに諏訪神社ってあった?」と訊ねる。「あぁ、諏訪さま」と返ってきた声に、もう20年も前に亡くなった祖母の姿と、少女だった母の姿が透けて見えた。


ところで私は、どこを旅しても、「ここにはもう来ないのかもしれない」という小さな寂しさが頭の片隅にある。親友が海の向こうに住んでいるからかもしれないし、多くの人と、名前や顔を憶えあい、また今度と永遠にごく近く別れてきたからかもしれない。いつのまにかそうなった。特に慣れ親しんだ国や街には「いつかこの地をこれが最後と別れる日がくるのか」と、関わった土地や人に、変な責任感を感じて堪らないときがある。


母は、最後に「こしき」」に帰ったとき、「もうこれで最後」と高らかに宣言し、すっきりした顔ですらあった。


今日、そのことをふと思い出して「お母さんは、こしきに帰らなくて寂しいなとか、思わないの?」と訊いてみた。前とまったく変わらない声で「ぜーんぜん」とあっけらかんと言い放つのが爽快で、笑ってしまった。「お母さんはここが楽しいからぜーんぜん帰りたいって思わない」のだそうで、とてもよかった。


一回も思わなかった、わけではないことを私は覚えている。母は忘れた。忘れられたことが、もう思わないのだということが、とてもいいと思った。私が抱えていた「いつか最後が」の種は、ぱちんと弾けて、消えた気がした。

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